資料公開:DXが社内調整ばかりで前に進まないと感じたら ― サービスデザインでチームと組織をつなぐ
2026年3月27日(金) に、第8回 エンタープライズDXセミナー
DXが社内調整ばかりで、前に進まないと感じたら
――サービスデザインで、チームと組織をつなごう
がオンラインで開催されました。
本記事では、当日の講演内容をもとに、DXが進まない背景とその対応の考え方を整理します。 あわせて、スライド資料とQ&Aの内容もご紹介します。
セミナー詳細はこちらをご参照ください。
https://event.graat.co.jp/webinar-dx-service-design
当日のスライド資料は以下をご参照ください。
はじめに
本セミナーでは「DXが社内調整ばかりで前に進まない」と感じる状況をテーマに、その背景と対応の考え方を整理します。
DXの推進では、チームの取り組みと組織の意思決定が噛み合わず、調整に時間がかかるケースが見られます。
本記事では、この要因を構造として捉え、チームと組織をつなぐアプローチとしてサービスデザインを解説し、事例を通じて具体的な進め方をご紹介します。
― 本記事の構成
なぜDXが進まないのか
何が日本企業の問題か?
DXが前に進まない背景には、チームの取り組みと組織の意思決定のズレがあります。
多くの企業では、チームは顧客や社内ユーザーに向けた価値を設計し、開発や実務と連携して進めます。 一方で、意思決定や各部門との調整といった社内対応も同時に求められます。
この関係は、「横」と「縦」として捉えることができます。 横は顧客や現場と価値をつくるチームの活動、縦は意思決定や部門調整といった組織の活動です。
リーダーはこの両方を担いますが、両立は容易ではありません。
社内調整を優先すれば議論は社内都合に寄り、顧客価値が弱くなります。 一方で顧客やチームへの対応を優先すれば、組織との接続が不足し、リリースに至らない場合があります。
このように、縦と横のバランスが崩れやすいことが、DXが前に進みにくい要因の一つです。
企業変革のジレンマ
縦と横のバランスの崩れは、単なる運用の問題ではなく、組織構造に起因しています。
この理解に有効なのが、宇田川元一氏の著書『企業変革のジレンマ』で示される「構造的無能化」という考え方です。 これは、組織が合理的に運営されるほど、かえって変革が難しくなる状態を指します。
業務が分業され、各部門が役割に特化すると、効率や再現性は高まります。 一方で、業務はルーティン化し、視野が限定され、自部門の最適化によって連携が弱まり、組織はサイロ化します。
その結果、改善は部門内にとどまり、全社的な変革につながりにくくなります。 DXも局所的な改善に終わり、新しい価値が既存の評価基準に押し戻されがちです。
重要なのは、部門単位ではなく、組織全体の問題として捉えることです。 部門を越えて考え、現実の制約を踏まえながら変革を進める姿勢が求められます。
DXが社内調整ばかりで前に進まないと感じたら
DXが進まない状況では、社内調整そのものではなく、調整を重ねても前に進まないことが課題です。
このとき重要になるのが 「私の問題」から「私たちの問題」への転換です。
DXは、リーダーや担当チームが課題を提示して始まることが多くあります。 しかし、その課題が他部門にとって自分ごとにならなければ、議論は分断され、合意に至りません。
そのため、問題を組織全体の共通課題として捉え直し、関係者が「自分たちの問題だ」と認識できる状態をつくる必要があります。
鍵となるのは、問題の整理です。
- 抽象的すぎると共感されない
- 個別に寄りすぎると全体としてまとまらない
各部門の視点を踏まえ、共通課題として共有できる形に整理することが求められます。
DXが前に進むかどうかは、この段階の問題の捉え方に大きく左右されます。
サービスデザインによるアプローチ
サービスデザインとは
DXが進まない背景には構造的な問題があります。 その対応として、私たちはサービスデザインに着目しています。
サービスデザインとは、見えにくいサービスを構造として可視化し、関係者とともに改善していく手法です。 サービスは形がなく感覚的に扱われがちですが、構造として捉えることで、組織として設計・改善しやすくなります。
サービスは単体の機能ではなく、体験の連なりとして成立します。 たとえばレストランでは、予約から来店、提供、店内の雰囲気までが一体となって価値を生み出します。
一方で、サービスは顧客体験だけでは成り立ちません。 スタッフの準備やオペレーション、部門間の連携に加え、コストや価格、ITも重要な要素です。
このようにサービスデザインでは、顧客体験に加え、現場の運用、ビジネス、ITを含めた全体を捉えます。 また、複数部門にまたがるため、関係者を巻き込みながら設計を進めます。
「アイデア」を「方針」にする進め方
DXの取り組みでは、チームがアイデアをまとめて方針化し、関係者に説明する進め方が多く見られます。 しかしこの方法では、各部門の事情や制約が十分に考慮されず、合意に至らないまま停滞することがあります。
重要なのは、初期段階から関係者を巻き込むことです。 現状の可視化、アイデア検討、方針整理といったプロセスに、意思決定に関わる人を段階的に含めていきます。
これにより、関係者が納得した状態で方針が定まり、実行に移しやすくなります。
DXでは、実行そのものよりも、手前の合意形成が結果に大きく影響します。 後から説明しても各部門の立場や制約が優先され、合意は難しくなります。
そのため、実行前の段階で共通認識をつくることが重要です。
「出島」という考え方が用いられることもありますが、組織と接続されないままでは成果は受け入れられません。 検討内容を組織に接続し、関係者を巻き込みながら合意を形成することが、「縦と横のズレ」への対応につながります。
ここまでの内容をふまえ、次は実際の取り組みを見ていきます。
事例
これまでは、DXが前に進まなくなる背景と、その構造的な要因、 そしてサービスデザインによるアプローチの考え方を整理しました。
では、これらの考え方は、実際の現場ではどのように進められるのでしょうか。
以降では、百貨店におけるビジネスモデル再構築の事例をもとに、 関係者を巻き込みながら方針を整理していく具体的なプロセスをご紹介します。
百貨店におけるビジネスモデル再構築
本事例は、百貨店のビジネスモデル再構築に向け、DXを含めた方向性を整理するためにサービスデザインを適用したものです。
近年、百貨店は富裕層向けビジネスとして再評価されていますが、来店前提の対面中心のサービスは変化しつつあります。 富裕層顧客はスマートフォンで情報を取得し、必要に応じてスタッフへ直接問い合わせることが増え、迅速な個別対応が求められていました。
一方で現場では、業務・システム・組織の考え方が複雑に絡み合い、議論を重ねても結論に至らない状況が続いていました。
そこで、現場に近い当事者を集めたワークショップ形式を採用し、「富裕層向けビジネス」と「海外顧客向けビジネス」をテーマに、関係者を横断的に巻き込みながら方針を導きました。
進め方は、以下のステップで構成されています。
価値の整理
対象となるサービスについて、「誰にどのような価値があるのか」を整理し、顧客・従業員・取引先などのステークホルダー全体を捉えます。現状の可視化
業務やプロセスを可視化し、サービスブループリントなどを用いて部門をまたいだ流れと課題を明らかにします。課題の抽出とアイデア検討
抽出した課題に対し、システムだけでなく業務やルールも含めて改善の方向性を検討します。方針への整理
「誰に、どのような価値を、どのように届けるか」という形で、実行可能な方針に落とし込みます。意思決定への接続
整理した方針を事業担当役員に提示し、意思決定につなげます。
これらのプロセスは、3時間のワークショップを6回、約1ヶ月半にわたって実施されました。
取り組みの成果
この取り組みを通じて、以下のような変化が見られました。
業務全体の理解の深化
可視化を関係者全員で行うことで多様な視点が持ち込まれ、個別に見ていた業務を全体の中で捉えられるようになりました。課題の捉え方の変化
課題を個別の問題ではなく仕組みとして捉えられるようになり、「対応が遅い」といった現象もプロセスやルールとして分解して考えられるようになりました。実行可能な方針の整理
現実の制約を踏まえた方針を整理し、方向性を共有することで、状況に応じた対応が可能になりました。
これらの結果、チームの活動と社内調整を分断せずに進めるための基盤が整いました。
まとめ
DXが進まない背景には、チームの活動と組織の意思決定のリズムのズレがあります。 顧客や現場に向き合う「横」の活動と、意思決定や社内調整を担う「縦」の活動がかみ合わないことで、取り組みは停滞しやすくなります。
このズレは、リーダー個人の調整だけで解決できるものではありません。 各部門の前提や経緯を踏まえると、一人で束ねるには限界があります。
重要なのは、関係者を巻き込み、共通の問題として議論する場をつくることです。 部門横断で検討を進め、意思決定者も早い段階から関与することで、立場の違いを踏まえた合意形成が可能になります。
縦の合意を取り込みながら横の活動を進めることが、DXを前に進める鍵となります。 こうした合意形成を支え、組織とチームが現実の問題に構造的に向き合う手法がサービスデザインです。
DXでは、実行フェーズよりも手前の議論が結果に大きく影響します。 誰とどのように問題を捉え、どう合意を形成するか。この設計がDXの成否を左右します。
Q&A
ここからは、ウェビナー当日に行われた質疑応答の内容をご紹介いたします。 合意形成の進め方や、実務で押さえておきたいポイントについて、Q&A形式で整理しました。
Q1. サービスデザインで可視化した後、議論が停滞した場合はどのように次のアクションにつなげればよいでしょうか?
A1. 議論が停滞する主な原因は、「問題設定」と「関係者の巻き込み」にあります。
可視化は整理ではなく、議論の起点です。 関係者にとって自分ごとにならなければ、議論は進みません。
議論が止まる場合は、大きく次の二つに分けられます。
- 解決が難しい問題に向き合っている場合
- 関係者にとって議論する価値が感じられていない場合
いずれも、問題設定の見直しが必要な可能性があります。
また、議論を進めるには、事前にステークホルダーの視点を取り込む必要があります。 売上や利益などのKPIや各部門の目標に対し、その取り組みがどう貢献するのかを示すことが求められます。
さらに、人選も重要です。 実行可能性、関係者のコミットメント、上位者の理解、予算確保を踏まえ、適切にチームを構成する必要があります。
適切な問題設定と関係者の選定が揃うことで、可視化は議論を進める土台になります。
Q2. サービスデザインで課題を共有する中で、責任の所在はどのように両立させればよいでしょうか?
A2. 課題の共有と責任の所在は両立できますが、その前提として責任者を明確にしておくことが不可欠です。
まず、「最終的に責任を持つ人」を定めます。 サービスデザインは関係者を巻き込みながら進めますが、意思決定や実行の責任まで分散させるものではありません。
責任者には、プロセスを理解し、チームで導いた結論を後押しできる状態が必要です。 責任者が関与しなければ、合意ができても実行段階で止まる可能性があります。
また、DXでは「誰が責任を持つのか」「誰が当事者として関わるのか」が曖昧になりやすいため、課題の共通化とあわせて推進の主体を明確にすることが重要です。
責任者と当事者が明確で、コミットしている状態が整うことで、取り組みは前に進みやすくなります。
Q3. ワークショップで認識が揃った状態はどのように判断できますか?また、そのための進め方は何でしょうか?
A3. 認識が揃った状態とは、課題・目標・方針が関係者間で言語化され、同じ前提で説明できる状態を指します。
この状態をつくるために、ワークショップは段階的に設計されています。 現状の可視化やアイデア検討では多様な意見が出ますが、To-Be(あるべき姿)の可視化を通じて整理されていきます。
特に重要なのは、最終的な方針の整理です。 第三者に説明できる形でまとめることで、認識のズレが残りにくくなります。
実務上は、最終回で上位者に発表する前提を置くことで、このプロセスが機能します。 明確なアウトプットがあることで、内容を揃える必要が生まれ、議論の質も高まります。
認識を揃えるには、単に議論するだけでなく、次のような設計が重要です。
- 検討のリズムをつくる
- 意思決定につながる場を設ける
- アウトプットを前提に進める
Q4. ワークショップにはどの範囲の関係者を集めるべきでしょうか?
A4. 対象は一律に決めるものではなく、扱う問題に応じて設定する必要があります。
理想的には全社的に関係者を集めるのが望ましいものの、実務上は現実的ではありません。 そのため、「関係部署が含まれていること」と「議論が成立する規模であること」のバランスを取ることが重要です。
また、参加者の選定も成果に影響します。 当事者意識を持ち、取り組みに前向きな人が含まれていることが前提です。
一方で、評価のみを行う立場の参加者が多いと、進行が滞る可能性があります。
人数は6〜8名程度が目安です。 これを超えると論点が分散しやすく、合意形成に時間がかかる傾向があります。
関係性の網羅性と議論の成立性を踏まえ、参加範囲を設計することが重要です。
おわりに
本記事では、DXが進まない背景にある構造的な問題と、そのアプローチとしてのサービスデザインをご紹介しました。
DXは、個別の施策だけでなく、組織とチームの関係性から捉えることが重要です。
私たちは、組織とチームをつなぐことをテーマに、サービスデザインを中心にアジャイルやAIを組み合わせた支援を行っています。 サービスデザインが価値提供の構造を捉え、アジャイルがその実現に向けた試行錯誤を支え、AIがプロセスや判断の痕跡を残すことで、ノウハウを組織の資産として蓄積します。
これらを組み合わせ、チームの取り組みを組織全体の成果につなげることを目指しています。
日本企業では、人材や取引関係といった制約の中で、サービス品質を維持しながら知見を継承していくことが求められます。 そうした環境でも実践可能な形で、組織とチームをつなぐ仕組みを提供していきます。
本セミナーの内容が、日々の取り組みを見直すきっかけとなれば幸いです。 Graatでは組織とチームのズレを整理し、DXの方針づくりを支援するワークショップなども行っておりますので、 ご関心をお持ちの方は、お気軽にご相談ください。
ご参加いただいた皆様に、改めて御礼申し上げます。
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