エンタープライズアジャイル導入のために、企業がすべきこと(1)
6年近く前
執行役員
浅木 麗子
前回エントリー「アジャイル開発にデジタルツールは必要か?」では、アジャイル開発チームがぶつかる「組織の壁」に、ボトムアップアプローチで対処する方法をご紹介しました。
今回は、トップダウンンアプローチについて、すなわち「企業は、自社の業務フローの中にどのようにアジャイルプロセスを位置づけて行くべきか」について私の考えを述べて行きます。
エンタープライズアジャイル導入の5つのステップ
日本のユーザー企業におけるエンタープライズアジャイルへの取り組みは、下に紹介する図表の5段階を経て進められることが多いと、私は分析しています。
(現実には、複数の案件のステップ1~3が輻輳して進むケースが多いのですが、単純化して表現しています)
あなたのチームは、今、どの段階にいますか?
おそらく「ステップ3の途中」とお答えになる方が多いのではないでしょうか?実際、弊社が支援するお客様でも、ステップ3の現場が多数を占めます。
ステップ2(IT企画やビジネス部門を巻き込む)までを順調に進めてきたチームが、ステップ3(アジャイルプロセスを全部門に広げる)で足踏みしてしまうケースが、とても多いのです。
結果として「今、ステップ3の途中です」というチームが量産されているのが、日本のユーザー企業におけるエンタープライズアジャイルの現状です。
なぜ、多くのチームがステップ3で躓くのでしょうか?
それは、ステップ3は、そもそもチームが主導して進める「ボトムアップアプローチ」では、やり切ることができない段階だからです。
本エントリーでは、ステップ3を成功させるトップダウンアプローチを、体制、進め方、成果指標に分けて解説して行きます。
ステップ3の推進体制
ステップ2をクリアしたチームは、リリース判定や予算執行等の社内ルールと、アジャイルプロセスのミスマッチによる苦労を経験済のことと思います。
「落としどころ」として、既存の組織運営ルールの中で当該案件を特例とする、暗黙の合意が形成されているのではないでしょうか?
ステップ3は、こうした「特区扱い」を脱して、アジャイルプロセスを、会社の正規業務フローとして定義する段階です。その推進において注意すべき点は、以下の通りです。
- プロダクトやサービスのオーナーシップを持つ部門の部門長や役員が責任者を務める
- プロダクトやサービスのバリューストリームに関わる全部門が参加する
そこで、部門長(場合によっては役員)クラスを責任者に据え、関係部門との方針合意を形成した上で取り組みを始めることが重要です。
また、プロダクトやサービスに関わる全部門が参加することも重要なポイントです。
IT部門(プロダクトのDevチーム)、IT企画、ビジネス部門に加え、運用が別部門主管ならその部門、連携するITがある場合はその主管部門、テストチーム、QA部門、CS部門、営業・販売部門、マーケティング部門等々、詳細は企業によって異なると思います。
肝心なのは、プロダクトやサービスに主要な機能を追加する場合に、調整が必要となるチームや部署には、すべて参加してもらうことです。
ステップ3の具体的な進め方
続いて、ステップ3の進め方です。弊社の推奨するやり方は以下の通りです。
- 目標設定:対象とするプロダクトやサービスの、リリースサイクルと開発リードタイムの目標値を設定し、関係部門で合意する
- 現状可視化:既存の業務プロセスとプロセスごとの所要期間を可視化する
- 改善計画の立案:現状のリードタイムと目標値のギャップを埋めるために、既存プロセスの改善点を洗い出す
- 改善の実施:洗い出された改善点を一つずつ潰して行く
まずは、リリースサイクル目標を設定します。
法人向けサービスであれば、顧客企業のビジネスサイクルに合わせた目標設定が一般的です。
消費者向けのプロダクトやサービスでは、一般的に、同一企業の運営する法人向けサービスより短いサイクルでリリースを実施します。「正解」のないビジネスドメインでは、現実的には、ベンチマークする競合のリリースサイクルを睨みながら決める、というケースも多く見られます。
リリースサイクル目標を定めたら、目指す頻度で市場リリースを行うためのコスト目標を設定します。続いて、コスト目標から開発体制を算出します。そして、所与の開発体制で、目指す頻度の市場リリースを行うためにはリードタイムはどの程度が適正かを導き出す、という手順で進めます。
弊社が支援するお客様では、2時間程度のワークショップを2~4セッション実施して「目標設定」を行う例が一般的です。
弊社では、現状の可視化に、バリューストリームマップを使っています。
参加者が、自分の担当している業務について、実施手順、実施する担当者(ロール)、所要時間、中間成果物として作成する文書等を付箋に書きだし、時系列に沿って並べます。
プロダクトやサービスに関わる全部門の、すべての実施手順が洗い出される様子は圧巻です。ある大手企業の法人向けサービスでは、模造紙24枚、全長18メートルに及ぶバリューストリームマップが完成した例もあります。
バリューストリームマップでプロセス全体を可視化した後、「担当者自身が日頃やりにくいと感じている箇所」や「他部門から見て無駄と思われる箇所」等を洗い出します。
続いて、参加者全員で討議し、洗い出された課題に優先順位を付けます。
課題の優先順位付けができたら、チームに分かれて課題の解決策を討議して行きます。
ワークショップが終わると、課題に対する解決策を具体的なアクションアイテムに分解し、担当者と期日、完了基準を定義したWBSが完成します。
プロダクトやサービスの規模にもよりますが、このワークショップは凡そ8時間~20時間ほどの時間をかけて実施します。
実施期間はケースバイケースではありますが、3カ月~6か月程度であることが多いようです。
実施する内容の例としては、
- 対象となるプロダクトやサービスに関わる業務実施ルールを明文化し、社内意思決定機関等の決裁を得る
- 既存のリリース判定規程や、品質検査規程等のルールを手直しし、「アジャイルプロセスを採用する製品の場合」を追記する
- 部門間で受け渡すドキュメントの記載項目、記述の詳細度についてガイドラインを設定する
進め方も、実施する改善策も、アジャイルっぽくないと思われますか?
しかし、ここで重要なのは、一見したイメージが「アジャイルっぽい」かどうかより、この進め方で、リードタイムやリリースサイクルが短縮されるかです。
この判断基準に則れば、機能別組織体制を採ることの多い、日本のユーザー企業の業務プロセス改善にあたっては、上に述べたアプローチが時点最適解だと、私は考えています。
プロダクトやサービスに関わる部門の多くは「運営規程オリエンテッド」です。なぜなら、顧客接点やオペレーションといった、安定的なプロセス品質を求められる機能が多いからです。こうした関係者にとっては、「アジャイルに進めるとは、こういう手順でやること」「責任分界点はここ」と明文化して示すやり方が、最も理解しやすく、受けとめやすいのです。
ステップ3で設定すべき成果指標
最後に、ステップ3の成果指標についてです。
前段の「目標設定」で設定したリリースサイクルとリードタイム目標が、全部門共通の成果指標になります。
改善の方向性は、
- リリースサイクルを短くする(そのためにはリードタイム短縮が必要となることが多い)
- リリースサイクルは変えず、リードタイムを短くする
プロダクトやサービスのライフサイクルや、抱えているビジネス課題、社内の各種課題によって、改善の方向性を選択します。
ステップ3では、改善に関わる部署が多く、実施する項目も多岐に渡ります。従って、成果指標の他に、各部門の達成目標を中間指標として設定することが一般的です。
弊社では、ワークショップで作成した、改善のためのWBSアイテムの実施率を指標とすることをお勧めしています。
ワークショップでの検討が十分に行われていれば、WBSアイテムを確実に実施することに勝る指標はないはずですから、わざわざ指標設定に労力をかける必要もないのです。
ただし、WBSの定期的な見直しは忘れずに実施してください。各部門で月に一度、1時間程度の「ふりかえり」の時間を設け、改善が計画通りに進んでいるか、うまく行っていないとしたら実施項目を見直すべきか、といった議論の場をもちます。
こまめなチェックにより、WBSを実効のある改善計画に保つことが、効率的な改善の強力なドライバーとなります。
以上、「エンタープライズアジャイル導入の5ステップ」のステップ3を成功させるための、体制、進め方、成果指標について、述べてきました。
次回は、ステップ4「アジャイルプロセスの全社展開」について解説します。
2019年4月8日公開予定の次回エントリーも、ぜひチェックしてください。