アジャイル開発にデジタルツールは必要か?

約5年前
浅木 麗子
執行役員
浅木 麗子

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前回エントリー「エンタープライズアジャイルに適したバックログ管理方法」では、実際のスプリントバックログを例に取り、デジタルツールの利点について説明しました。
今回は、「スクラムチームと組織」の観点から、デジタルツールによるプロダクトバックログ管理の有効性を解説します。

アジャイルプロセスは誰のもの?

日本のユーザー企業がスクラムに取り組む際には、「パイロット」となるプロダクトやサービスを選定し、Devチームによるタイムボックス型開発の試行から始めるケースが多いようです。
この時点では、スクラムは、まだITの文脈内にとどまるトピックです。

IT部門で一定の効果が得られると、企画担当、続いてビジネスサイドにも、アジャイル開発が認知されるようになります。
さらに上手く進めば、やがて、営業・販売やオペレーション、管理系部門等も巻き込み、プロダクトやサービスに関わるバリューストリーム全体を、アジャイルに回せるようになって行きます。

ここまで来ると、アジャイルプロセスは、もはや、IT部門だけのものではなくなります。
自社の業務フローの中に、どのようにアジャイルプロセスを位置づけるか、という「会社レベルの話」が必要になるのです。

これは、チームの課題であるのと同時に、組織の課題でもあります。現場からのボトムアップと、全社視点でのトップダウン、両方向からアプローチしなければ、適切に対処することはできません。
この二つのアプローチについて、今回と次回の二回に分けて解説して行きます。
今回は、まず二方向のアプローチのうち、「ボトムアップ」すなわち、チームの側がすべきことを説明します。

エンタープライズアジャイルにデジタルツールが必要な理由

「ITの話」として始まったスクラムを、企業全体へ広げようとするとき、チームは大きな壁にぶつかります。
四半期ごとの予算取りと開発計画、マネジメントへの定期的な報告、営業・販売部門やオペレーション部門との協調、リリース判定プロセスをはじめとする管理系ルールへの対応、エトセトラ、エトセトラ…。
こうした「組織からの要求」が、チームのビートを狂わせるようになるのです。

エンタープライズアジャイルの特徴は、プロダクトやサービスに関わるステークホルダーの数が多く、かつ、多様なコンテキストを持っていることです。
単に数が多いというだけでなく、彼らの関心事が多種多様である点が、問題を複雑にします。
様々な部署や関係者に対して、適切なタイミングで適切な情報を提供するために、スクラムマスターやプロダクトオーナーは、多大な労力を費やします。

私の考えでは、こうした環境でこそ、デジタルツールが威力を発揮します。
もう少し正確に言うと、プロダクトバックログを、アジャイル開発のために最適化されたデジタルツールで管理することが、この問題の解決に大きく寄与します。
なぜなら、アジャイル開発向けのデジタルツールは、Devチームのタスク管理と、チーム外ステークホルダーのためのデータ収集・分析を、一元化してくれるからです。

報告のためだけの資料作成、そのためだけのデータ分析と加工、これらは、端的に言って価値を生まない無駄な作業であると、私は考えます。
こうした無駄を、ゼロとは言わないまでも、最小限にする効果が、アジャイル開発向けデジタルツールの魅力です。
前回エントリーで、「アジャイル」というだけならばツールの有無はどちらでもよいが、「エンタープライズ」の冠が付くのなら適切なデジタルツールの活用は大前提という私の考えを述べました。その理由の一つが、デジタルツールの持つ「省力化」効果です。

デジタルツールを活用した「巻き込み」で、組織からの要求に対処する

アジャイル開発向けデジタルツールのメリットは、「省力化」だけではありません。
もう一つの大きな効果は、チーム外ステークホルダーを効果的に巻き込むことができる点です。

代表的な例を二つご紹介しましょう。
(ここでは、弊社がソリューションパートナーを務めるAtlassian社のJiraSoftwareの画面イメージ等も使って説明して行きますが、考え方自体は、製品に固有のものではありません)

最初に紹介するのはリリースバーンダウンレポートです。
JiraSoftwareを使った、活用法解説はこちら

リリースバーンダウンレポートの説明

このレポートは、マネジメント層の最大の関心事である「予定通りリリースできそうか」「予実差は許容範囲内に収まっているか」が、一目でわかる点が優れています。
また、追加要求によってリリースリスクが高まる様子が視覚的、かつ定量的に表現されるため、ステークホルダーとの優先順位合意のツールとしても有用です。

続いて、皆さんおなじみのバーンダウンチャートです。
JiraSoftwareを使った、活用法解説はこちら

バーンダウンチャートの説明

バーンダウンチャートについては、多くのチームが、デイリースクラムでのチーム状況確認に使っていることと思います。
私のお勧めは、バーンダウンチャートをチーム外の人にも見てもらうやり方です。特に、チームの成果に業績責任を負うマネージャーとの共有が効果的です。

といっても、デイリースクラムにマネージャーが参加せよ、と言っているわけではありません(むしろ、それはやらない方が良いケースがほとんどです)。
マネージャーにもツールのアカウントを払い出しておき、ご自身で自由に参照してもらうという意味です。

こうすることで、進捗確認は、マネージャーにとって「報告を受けるイベント」から「自分で見る行為」へと変化します。
フェイストゥフェイスの「イベント」は、貴重な対面コミュニケーションの時間です。数字の読み上げや単なる事実確認に貴重な時間を費やすのはやめ、もっと本質的な議論(どうやってプロダクトの価値を高めるか、等)の場とするのが、チームとマネージャー、双方にとって幸福というものです。

先に紹介したリリースバーンダウンレポートについても、同様です。
必要な人にはアカウントを発行し、自分で見てもらうことをお勧めします。リリースバーンダウンレポートについては、直属マネージャーよりも幅広い人と共有するとよいでしょう。もちろん、ロールごとに何を見せるべきかの整理や、見方の説明会といった事前準備が必要ですが、このやり方が軌道に乗れば、大きな効果が期待できます。

プロダクトに関わる様々な部署の人とミーティングを持つことは、有効な情報共有の手段ではありますが、同時に高いコミュニケーションコストを伴います。
一方、デジタルツールをうまく使えば、役割やワークスタイルの異なる関係者が、自分に必要な情報を、自分の好きなタイミングで得ることができます。

結果として、関係部署が一堂に会し、総花的な説明を聞かされる「月次全体会議」に出席するよりも、よほどプロダクト開発の進捗が「自分ごと」に感じられることでしょう。
これが、デジタルツールによるチーム外ステークホルダーの巻き込み効果です。

さて、ここまで、リリースバーンダウンレポートとバーンダウンチャートを例に取り、エンタープライズアジャイルにおけるデジタルツールの有効性について説明してきました。
最後に一点だけ、デジタルツールの恩恵を十分に享受するための注意点を付け加えておきます。それは、エンタープライズスケールのアジャイル開発を想定したツールを採用していただきたいという点です。

JiraSoftwareでは、チケットの起票とストーリーポイントの入力、作業の進行に応じたステータス変更、この三つさえ実施していれば、今回ご紹介したレポートやチャートは、自動生成されます。
せっかくデジタルツールを導入しても、レポート作成のためにデータをエクスポートしてExcelで集計する必要がある、ということでは、十分な効果が期待できません。ツール選定にあたっては、チーム視点と組織視点、両方のユースケースを想定することをお勧めします。

さて、今回は、アジャイルプロセスの全社展開にあたり、チームがすべきこと(ボトムダウンアプローチ)について解説しました。
次回は、エンタープライズアジャイル実現のためのトップダウンアプローチについて説明します。
2019年3月18日公開予定の次回エントリーも、ぜひご確認ください。

エンタープライズアジャイル導入のために、企業がすべきこと(1)Javaの新しいリリースモデルに関するアトラシアンのサーバー製品のポリシーについて
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