「アジャイルな組織」の理想形とは?
前回エントリーに続いて、日本のユーザー企業でエンタープライズアジャイルを実現するための五つのステップ(詳細は、前々回エントリーをご覧ください)を解説して行きます。
今回は、ステップ5「組織のアジャイル化」についてです。なお、ステップ5については、今回と次回、2回に分けて説明します。
まず今回は、海外の先進的な事例を紹介しながら、ステップ5で目指す「アジャイルな組織」とはどのようなものかを述べます。そして、海外の事例を日本の伝統的な企業に適用する際の注意点についてを、次回で解説する予定です。
機能別ピラミッド型組織から、フラットなSBUへ
日本の大企業の多くは、機能別組織構造を持っています。マーケティング、営業、製造、といった「同じ職務を担う人」を集めて組織として定義する形です。
また、組織を階層化し、組織単位ごとの職務範囲と権限を明確に規定することで、効率的な運営を行ってきました。
一方、これから実施すべき「組織のアジャイル化」においては、多階層の意思決定システムと機能別の組織単位は、むしろ業務効率を低下させる要因と捉えられます。
アジャイルな業務運営では、「定まったゴールに向かって、いかに効率よく業務を遂行するか」ではなく、「ゴールそのものを探索する試行錯誤をいかに効率よく行えるか」すなわち、市場へのプロダクトやサービスリリースをいかに俊敏に回せるかが問題となるからです。
新しい組織の形は、
- プロダクトやサービスのバリューストリームに関わるすべての人を集めたチームを、組織の最小単位とする
- 複数のプロダクトチーム(組織の最小単位)を束ねたSBU(注)を定義するが、それ以上の階層化はしない(組織階層は2レベル)
(注)SBU:Strategic Business Unitの略。戦略事業単位とも。共通の事業戦略を遂行する複数の組織をまとめる管理単位。実体組織とは異なる概念であるが、事業別の組織構造では、実組織と一致することもある。
便宜的に「SBU」という表現を用いましたが、ここで言うSBUは、従来の「事業部」や「本部」とは、似て非なるものです。
この「SBU」には、管理職は一人、すなわちSBUの長しかいません。組織階層を3レベル以上にしない、ということに加え、組織の最小単位には、リーダーやマネージャーがいないという構造なのです。
日本の大企業に勤務する方から見ると、かなり違和感のある話ではないでしょうか?
では、実際に、こうした組織構造を採用している先進的な企業の事例を見て行きましょう。
アジャイル組織の先進事例、「Spotifyモデル」
最も有名なのは、音楽ストリーミングサービスSpotifyを提供するスウェーデンの企業、スポティファイ・テクノロジー社でしょう。
同社の組織構造は「Spotifyモデル」と呼ばれることもあり、様々なところで紹介されています。中でも、著名なアジャイルコーチHenrik Knibergのブログがよく知られています。(日本語訳はこちら)
未読の方は、ぜひ全文をお読みいただきたいのですが、長文の記事でもありますので、本エントリーの主題に関連が深い点を、改めて以下にまとめます。
(以下は、英文記事をもとに私がまとめた内容であり、解釈の誤り等があれば、私の理解および翻訳に起因するものです)
- 組織構造の構成要素は、以下4つである
- Squad
- Tribe
- Chapter
- Guild
- Squad
- 組織の最小単位
- プロダクトのバリューストリームに関わるすべてのロールがSquadを構成する
- メンバーの勤務場所は一ヶ所
- プロダクトオーナーがいるが、リーダーやマネージャーはいない
- 自己組織化されたチームであり、自分たちの働き方も自分たちで決める(長期ミッションは規定されている)
- Tribe
- 複数のSquadを束ねる組織
- 近しい事業分野のSquadをTribeとしてまとめる
- Tribeの人数は最大100名を目安とする
- Tribeには「長」にあたるロールTribe Leadがいる
- Chapter
- 複数のSquadに点在する、同じ職務の人を束ねる組織
- Chapterには「長」にあたるロール Chapter Leadがいる
- メンバーの人事評価は、Chapter Leadが行う
- Guild
- 特定の分野に関心を持つメンバーが集まる社内コミュニティ
- ChapterはTribe内に閉じているが、Guildは全社横断的な集団
先ほどご紹介したリンク先には、分かり易い図も掲載されていますので、併せて確認いただくと、理解が進むと思います。
Spotifyモデルは、マトリクス型組織の一形態ではあるのですが、日本の企業でよくみられる「プロジェクト」型とは違い、ミッション別を「実組織」、機能別を「バーチャル組織」に近いものとしています。
とはいえ、機能別組織にあたるChapterは、完全なバーチャル組織ではなく、メンバーの人事評価をChapter Leadが実施する点が特徴的です。
組織構造変革の進め方~INGグループの事例
続いて、従来型の組織から、「Spotify」モデルベースのアジャイルな組織への変革プロセスの実例として、オランダの総合金融機関INGグループを紹介します。
同グループの改革を主導したPeter Jacobs(CIO)と、Bart Schlatmann(COO)のインタビューが、マッキンゼークオータリーの英文サイトに掲載されています。(肩書はいずれも2017年当時)
こちらも長文の英語記事なので、本エントリーの主題に関連が深い点を以下にまとめます。
(以下は、英文記事をもとに私がまとめた内容であり、解釈の誤り等があれば、私の理解および翻訳によるものです)
- 組織構造変革のプロセスは、以下の通り
- ビジョン策定、組織設計 ここでは、ボードメンバーが、リファレンスモデルとなる他社を訪問するセッションを数回実施。 期間は、約2カ月
- Squad組織の試行 パイロットとなるプロダクト、5~6個を選び、Squadを導入する。 プロセス1と同時進行で実施した
- 本社全体への適用準備 ボードメンバーの人選や、オフィス設備の工事等
- 組織改正の施行
- プロセス1~4までの期間は、8~9カ月
- これに先立ち、IT部門で、数年に渡り「アジャイルなワークスタイル」を採用して準備を実施した
- Spotifyモデルを適用する組織の範囲や大きさ
- 本社機能3,500名を初期スコープとして、Squadの導入に着手
- 初期スコープでは、間接部門、支店、コールセンター、後方業務部門、ITインフラ部門は、Squad編成の対象外
- 独立性を必要とする業務(法務、ファイナンス、審査等)は、今後もSquad編成の対象としない方針
- 組織構造変革の重要な成功要因は、以下の4つ
- アジャイルなワークスタイル(異なる職務のメンバーのコロケーション、マネージャーを置かない自己組織化されたチーム等)の導入
- 職務やガバナンスのパラダイムシフトと併せて、組織の形を変えて透明性を担保すること
- DevOpsの徹底による市場リリースサイクルの短縮
- 人事評価モデルの変革(「管理する組織の大きさに応じた肩書、給与」というモデルからの脱却)
ビジョンを重視しつつ、施行自体は、スモールスタートとフィードバックのループを何度も回す、アジャイルソフトウェア開発の考え方と共通する組織改正プロセスです。
「組織のアジャイル化」とは、こういうこと、というお手本のような事例ですね。
このインタビューは非常に示唆に富んでおり、上に紹介したポイント以外にも、膝を打つ発言が随所に出てきます。ぜひ原文で通読することをお勧めします。
「組織構造の変革」は、目的ではない
ここまで、スポティファイ・テクノロジー社とINGグループの事例を見てきました。
「組織のアジャイル化」という抽象度の高い表現ではイメージしにくかった実体が、具体的な組織の形を目にすることで、いくぶんか見えやすくなったのではないでしょうか。
しかし、ここで注意していただきたいのは、組織のアジャイル化において、組織構造(組織の形)を変えることは、必要条件ではあるが、十分条件ではないという点です。
INGのPeter JacobsとBart Schlatmannへのインタビューを注意深く読むと、企業における人材やガバナンスの在り方を変革することこそが本質であり、組織構造(組織の形)は、従属変数であるというメッセージが読み取れます。
「組織の形を変えれば、それにつれて従業員の意識や企業文化も変わるはず」とばかりに、「アジャイル」の本質に関する議論が生煮えのまま、組織設計のテクニカルな側面に飛びつくことは避けるべきです。
そこで、弊社では、ここまでの連載で述べてきた「五つのステップ」を、確実に進めて行くことを推奨しています。
トップダウンアプローチによって、ボトムアップ改革を促す、あるいは、トップダウンとボトムアップの擦り合わせを、複数回繰り返すアプローチ、と言っても良いかもしれません。
経営がすべきこと(ビジョン策定と組織構造の骨子を固めること)と、現場でやるべきこと(新しい働き方の実地検証とフィードバック)を、直接の対話によって擦り合わせ、組織構造や制度の詳細を詰めて行く、インクリメンタルなプロセスが「組織のアジャイル化」には不可欠なのです。
Spotifyモデルに代表される「アジャイル組織」は、日本の伝統的なユーザー企業に定着した価値からは、相当遠いところにあります。INGのように、ビジョン策定から新組織の施行までを1年足らずで進めるというのは、至難の業でしょう。
とはいえ、デジタル・ディスラプションの波を乗り切るための改革は、まったなしの課題です。
次回エントリーでは、「海外の先進事例を日本の伝統的ユーザー企業に取り入れる」という挑戦を、最短距離で進めるための注意点を解説して行きます。2019年5 月13日公開の次回もぜひご確認ください。