エンタープライズアジャイルにおけるマネージャーのあり方を考える -「わかってないマネージャー・あるある」と対処法(1)

7か月前
浅木 麗子
執行役員
浅木 麗子

スクラムを社内に広げたいのだが、中間管理職が障壁になっている - こうした相談を受けることがあります。そんな悩みを解決するためのヒントとして「わかってないマネージャー・あるある」を取り上げ、どのように対処したらよいかを、3回に分けて紹介していきます。

「わかってないマネージャー」問題の正体

冒頭から脱線して恐縮ですが、本題に入る前に、少しだけ私の友人の話をさせてください。

友人は、学生時代に1年間の留学を経験しています。
留学先での学生寮生活が始まってすぐに、友人は、ルームメイトのだらしなさに気付きました。ルームメイトは、シャワーを浴びた後に、いつもドアを開けっ放しにしていたそうです。
友人は、内心「だらしないな」と思いながら、毎回黙って閉めていました。 すると、1週間ほど経ったところで、件のルームメイトが友人にこう尋ねてきました。

Why do you close the door of the bathroom while it’s vacant!? (誰も使ってないバスルームのドアを、なぜ閉めるんだ!?)

そんなことを言われて、友人の頭の中は「???」です。 彼にしてみれば

Because it's VACANT!! (使い終わったから閉めてるんじゃん!)

という気持ちです。

私たち日本人の多くは、使用後の浴室やトイレのドアを閉めておきます。一方で、アメリカ人にとっては、使っていないときはドアを開けておくのが「常識」だそうです。

  • 日本の「常識」:ドアが閉じている=きちんとしていて心地よい
  • アメリカの「常識」:ドアが閉じていれば使用中、開いていれば使用できる=合理的で心地よい

どちらも、気持ちよく暮らすため、という目的は同じなのですが、その現れ方は正反対です。 友人とルームメイトは、双方の「常識」に対して無知であったために

  • 友人:「開けっ放し、だらしない!」
  • ルームメイト:「使用中かどうかわからないじゃないか!不便で迷惑」

と、それぞれが不快な思いを抱いていたのです。

この話は、異文化コミュニケーションの難しさを表すエピソードとして聞かされたものですが、私は、アジャイルチームとマネージャーとの間に起きる軋轢も、似た構造を持っていると考えています。

チームとマネージャーの前提が違っていて、なおかつ 「違っていること」に無自覚 であるがために、双方のコミュニケーションがすれ違っているのです。
この連載では、 「わかってないマネージャー」の存在は「組織内の異文化コミュニケーションにおけるギャップの現れ と捉え、解説していきます。

各回でひとつずつ、チームから見ると「わかってない」と感じるマネージャーの言動を紹介し、その背景にどんな価値観があるのかを解き明かします。 そして、どう接すればよいのかのアイディアを提示していきます。

「わかってないマネージャー」に悩むアジャイルチームの方はもちろんのこと、アジャイルチームのマネジメントに携わる方にお読みいただいても、有用なものであると思います。

第1回となる今回の「あるある」は、こちらです。

「あるある」その1:リリーススコープが可変なのがアジャイルだから、コミットできないと言われたけど、会社の仕事としてそれはあり得ないよね‥!?

マネージャーから、こんなことを言われて困った経験はないでしょうか? ここで起きているコミュニケーションギャップは、次のようなものです。

それぞれの視点

  • チームの視点

    • タイムボックス(大きくとも数週単位)ごとの全力疾走が重要
    • 短期目標に集中することに慣れている
    • 時点最適のスコープを機動的に選択することが、プロダクトの価値を向上させる
  • マネージャーの視点

    • 会計期間(小さくとも3ヶ月)で仕事を捉える習慣が身に付いている
    • プロダクト価値を向上させるには、まず仮説が必要、仮説のない行動は場当たり的で学習効果が低いという価値観

違うこと、違わないこと

一番大きな違いは「仕事のくくり」をどのくらいと見るかという点です。 1〜数週間単位のタイムボックスに集中するチームに対して、3〜12ヶ月程度でものごとを捉えるマネージャー。この違いよって 「コミット」という言葉の捉え方にギャップが生じる のです。

「あるある発言」でマネージャーの言っている「コミット」は、

1年でどのくらいのフィーチャーをリリースしようとしているのか、チームの見通しを示してほしい ( それに基づいて1年後に検証できる基準 がほしい)

という意味合いです。 そこには、「100%確約しろ」「それ以外のことはするな」といったニュアンスは、含まれていないことが多いでしょう。

一方で、仮説検証を重視する点は、両者に共通しています。 スクラムチームがスプリントごとに行うプロセス(スプリントスコープを決め、実施し、レトロスペクティブをもとに改善する)は、マネージャーの言う「仮説検証」そのもの言って差し支えありません。

マネージャーは敵か.png

マネージャーサイドのストーリー

たとえば、あなたがスクラムチームのプロダクトオーナー(スクラムマスターでもよいです)だったとします。 スプリントプランニングで、開発者から

どこまでできるかは、やってみなきゃわからないので、スプリントスコープはコミットできません

と言われたら、どう対応するでしょうか?

「あり得ない」「わかってない」という反応に直面したマネージャーの心境は、それに近いのかもしれません。

スクラム開発を実施していく上で、スプリントスコープを決めずに開発を始めるなんて、考えられないことです。 それと同じように、マネージャーの「常識」に照らして考えると「この1年でこれだけやります」という約束事がない業務運営は、それこそ「あり得ない」事態に映るのです。

これは、どちらが正しい、間違っているということではありません。 前述の通り、どの程度の大きさで「仕事」を捉えるか、という前提の違いによって「あたりまえ」「常識」がすれ違っているだけなのです。

どうしたらよいか

さきほどのスプリントプランニングの例において、真っ当なプロダクトオーナー(スクラムマスター)なら、次のような対処をするでしょう。

  • コミットメントの意味合いや、なぜ必要なのかを説明する
  • PBIの見積もりや、チームのキャパシティの算出などのステップを共有しながら、チームと一緒に考えてスコープを確定させる

マネージャーから「リリーススコープのコミット」を求められたなら、これと同様の進め方ができるよう、働きかけるのが得策です。

具体的には、以下のようなアプローチです。

  • 「コミットとはどういう意味合いですか?なぜ必要ですか?」と冷静に質問する
  • 多くの場合、「予算措置を講じるためにスコープ提示が必要」など、「コミット」を求める理由があるので、そこをマネージャーと共有する
  • この過程で、どの程度の精度、正確性を期待されているのかをすり合わせる
  • 目的を共有した上で、以下を説明する
    • チームのベロシティ
    • PBIのSP見積もり
    • 両者から想定される一定期間後のリリーススコープの見通し
    • 現時点での見通しの確からしさ (定量化できていればベストだが、感触だけでもよい)
  • これらを踏まえ、チームとマネジメントとの合意を設定する

ここに紹介した手順は、様々な書籍などでも解説されていますので、そちらも参考にしてみてください。私のおすすめは『エッセンシャルスクラム』第18章リリースプランニング(長期計画)です。

それでもわかりあえない場合にすべきこと

「わかってないマネージャー」問題は、多くの場合、ここに述べたようなアプローチで対処が可能です。 しかし、不幸にも、直属上司が「本当にわかってないマネージャー」である、というケースも起こりえます。

あなたの上司が、1年後のリリーススコープに対して文字通りの「コミット」(確定し、変えてはいけない)を求めてくるとしたら、そして、その要求の根拠を明確に説明できないとしたら、それは、彼または彼女が、上席の意図をきちんと理解できてないということです。 そんな場合には、直属上司だけでなく、一つ上の階層のマネージャーも交えてコミュニケーションできるパスを作ると良いでしょう。

さらに上位のマネージャーが設定しているビジネスゴールを、直属上司と一緒に理解し、実現するプロセスを考えることで、あなた自身のプロダクトへの理解が進むだけでなく、直属上司の成長も期待できます。

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次回のテーマ

さて、今回は「中長期のスコープコミット」をめぐる「わかってないマネージャー・あるある」について述べて来ました。 次回は、スクラムプラクティスに関するこんな「あるある」について解説したいと思います。 「あるある」その2:チーム全員でしょっちゅう会議をやっているけど、それホントに全員出る必要あるの? 次回もぜひチェックしてみてください。

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