エンタープライズアジャイル導入のために、企業がすべきこと(2)

5年以上前
浅木 麗子
執行役員
浅木 麗子

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前回に続き、日本のユーザー企業でエンタープライズアジャイルを実現するための五つのステップ(詳細は、前回エントリーをご覧ください)を解説して行きます。
今回は、ステップ4「アジャイルプロセスの全社展開」についてです。

ステップ4の進め方

ステップ4では、ステップ3で実施した「プロダクトのバリューストリーム全体のアジャイル化」を、複数のプロダクトやサービスに展開して行きます。
とはいえ、ステップ4の本質は、アジャイル化されたプロダクトやサービスの「数を増やす」ことではありません。

自社の事業領域のうち、アジャイル化によって競争優位を確立したい分野を明確にすることが非常に重要です。
事業や業務をアジャイルに運営する、と言っても、そのゴールは一様ではありません。優先的にリソースを配分し、大きな改革によって劇的な成果を得ようとする領域と、必要十分なリターンで良しとする領域、場合によっては従来型のまま残す領域、といった選別は必要不可欠です。 そのうえで、最優先と決めた領域については、迅速に改善を進めることです。すなわちアジャイル化戦略の策定と実行が、ステップ4で実施すべきことなのです。

これを整理すると、次のような手順になります。

  1. 競争領域の特定:事業領域を「競争領域」と「協調(非競争)領域」に分ける
  2. アジャイル化ロードマップ整理:競争領域に属するプロダクトやサービスを、リリースサイクル×リードタイムの四象限で整理する「DXポートフォリオ」の作成
  3. DXポートフォリオ最適化:競争領域に属するプロダクトやサービスについて、アジャイル化の優先順位を決め、最優先グループから改善を実施する

以下に、各手順の概要を説明して行きます。

「競争領域」の特定

自社の事業、業務の棚卸を行い、アジャイル化すべき領域を特定します。
一般的に、以下のような領域は、アジャイルプロセスを適用することで、得られるメリットが大きい分野です。

  • ビジネス環境の変化が激しく、迅速な対応を求められる領域
  • 新規事業、新規サービス等、ビジネスモデルが未確立な領域
  • 新しいテクノロジーの活用が重要な成功要因となる等、探索的な要素の強い領域
これらを参考に、アジャイル化により自社の競争力の源泉とすべき事業、業務を選定します。

なお、「競争領域」の特定については、経済産業省が発表している、「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)」(以下、「DX推進ガイドライン」 )でも言及されています。
「DX推進ガイドライン」では、「1.経営戦略・ビジョンの提示」が、該当箇所なのですが、むしろ「11.IT資産の仕分けとプラニング」が、参考になります。

「DXポートフォリオ」(アジャイル化ロードマップ)作成

競争領域に属するITについては、原則としてすべてアジャイルプロセスの適用対象とします。
弊社では、アジャイルプロセス適用対象としたITについて、「DXポートフォリオ」を作成することを推奨しています。
「DXポートフォリオ」は、ITのリリースサイクルとリードタイムに着目し、設定した目標を達成できているかどうかに応じて、保有するプロダクトやサービスを四つの象限に整理するフレームワークです。

DXポートフォリオのフレームワーク

第一象限(リリースサイクル、リードタイムともに、目標をクリアしている)を、ビジネスニーズに適応できている「最適化」状態とすると、他の三つの象限は、いずれも何らかの問題を抱えていると考えられます。

  • 第二象限:組織プロセス起因の不適応(リードタイムは目標達成しているが、リリースサイクルが目標より長い状態)
    開発リードタイム以外の要因でリリースに時間がかかっている状態です。リリース判定プロセス等の組織ルールの改善により、「最適化」領域へ移行させることができるケースが一般的です。
  • 第三象限:Dev起因またはBiz起因の不適応(リリースサイクル、リードタイムのどちらも目標をクリアできていない状態)
    リードタイムが長いため、リリースサイクルを短縮できないケースです。多くのプロダクトやサービスがここにプロットされ、リードタイムを長くする要因は、多種多様です。バリューストリームの分析をしっかりと行い、本質的な要因を見極めることが重要です。
  • 第四象限:誤った適応(リードタイムが目標より長いが、リリースサイクルは目標をクリアしている状態)
    多くの場合、複数案件を並行開発することで、短サイクルリリースを実現しています。一見問題がないように見えて、Devチームが疲弊し、離職者が増えたり、品質問題を誘発するリスクを抱えています。

アジャイルプロセス適用対象のプロダクトやサービスを特定したら、この「DXポートフォリオ」を使って、現状を整理します。 ここで必要になるのが、ステップ3で明らかにした、プロダクトやサービスのリリースサイクルとリードタイムの、目標値と現状です。
プロダクトやサービスをどの象限にプロットするかを決めるのは、リリースサイクル、リードタイムが、目標値より長いか、短いかという点です。(絶対値として何週間なら「短い(長い)」ということではなく、自社の設定した目標との対比による整理です)

DXポートフォリオによる現状整理のイメージ

「DXポートフォリオ」の最適化

競争領域に属するITについては、原則としてすべてアジャイルプロセスの適用対象となりますが、全部をいっぺんに改善することが難しいケースは多々あります。
そこで、アジャイル化したいプロダクトやサービスを、優先順位に応じてグルーピングし、計画的な改善を実施して行きます。
改善の考え方には、大きく分けて下図の2パターンがあります。

改善の方向性

  • 不適応状態からの改善:まずは、開発プロセスやビジネス側の改善を実施し、第三象限から第二象限への移行を目指します。トップダウンアプローチが正しく実施されていれば、時間の経過とともに、第二象限から第一象限への移行は進め易くなります。一方、第三象限から第二象限への移行には、プロダクトやサービスごとに異なる取り組みが必要で、時間もかかりますので、まずはこちらから着手するのが王道です。
  • 誤った適応からの改善:実は、このパターンでも、やるべきことは開発プロセスやビジネスの改善です。注意すべきは、改善の過程で、一時的にリリースのスピードが低下することがある点です。改善の効果や優先度を勘案し、過渡期的なリリース頻度の低下を許容できるかどうか、関係部署との合意形成が重要となります。
この考え方に従って段階的に改善実施し、DXポートフォリオを最適化して行きます。対象プロダクトやサービスの改善が一巡するまでに、1~2年程度の期間を要することが多いでしょう。

以上、日本のユーザー企業でエンタープライズアジャイルを実現するための五つのステップのステップ4について、概要を説明してきました。
実は、ステップ4を実行しながら、同時にステップ5「組織のアジャイル化」を進めて行くケースが一般的です。 ステップ5は、組織改正や、投資決裁ルール、人事評価制度といった組織運営の根幹に関わる制度の変更を伴います。 このステップを成功させる進め方については、2019年4月22日公開予定の次回エントリーで解説します。次回もぜひご確認ください。

日経SYSTEMS「実践!マイクロサービス導入法」の連載開始エンタープライズアジャイル導入のために、企業がすべきこと(1)
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