エンタープライズアジャイルにおけるマネージャーのあり方を考える - 「わかってないマネージャー・あるある」と対処法(2)
大企業でスクラムの導入に取り組む多くのチームが「マネージャーと話が噛み合わない、分かり合えない」という困りごとを抱えています。こうしたチームとマネージャーのコミュニケーションギャップがなぜ生じるかを解説し、対処法を提案する3回シリーズの第2回となる本エントリー。(第1回は、エンタープライズアジャイルにおけるマネージャーのあり方を考える -「わかってないマネージャー・あるある」と対処法(1)をご覧ください。)
今回は、次のようなマネージャーの「あるある」発言を取り上げます。
「あるある」その2:チーム全員でしょっちゅう会議をやっているけど、それホントに全員が出る必要あるの?
まずはチームとマネージャー、それぞれの視点から「頻繁に実施される全員参加の活動」を眺めてみましょう。
それぞれの視点
- チームの視点
- 必要な情報が全員に行き渡るし、チームが向かうべき方向について共通認識が得られる
- 仕様誤認が減るなどの具体的な効果に加え「モチベーションが上がり、仕事がやりやすくなる」という目に見えない効果も大きい
- マネージャーの視点
- 従来型の開発と比べて「モノを作っていない時間」が長い
- コミュニケーションの意義は理解できるが、作業時間の減少に見合うだけの効果があるのだろうか?
違うこと、違わないこと
チームとマネージャー、それぞれの視点を見比べると、本質的な部分では両者の認識が一致しています。すなわち「全員が一堂に会する活動は、チームのコミュニケーションに良い影響をもたらす」という点については、認識の違いはないのです。
一方で、大きく違うのは、チームの成果に対する最終的な効果をどう判断するかという点です。
- チームの視点:個々のメリットもさることながら「チームが効果を実感できること」を重視する
- マネージャーの視点:メリットがデメリットを上回る状態を「効果がある」とみなす
この違いを、もう少し掘り下げて考えてみましょう。
チームの視点は「全体論的アプローチ」
メンバー自身の実感を重視するチームの捉え方は、言うなれば、全体論的なアプローチです。全体論とは、大ざっぱに言えば「全体とは、単なる部分の総和ではない、それ以上の何かである」ということかと思います。
今回のテーマに当てはめるなら、「チームがうまくいっている状態とは、具体的に何がどうなっているということか」と個別の要素に分解していっても、完全に説明し尽くすことはできない、けれども「チームがうまくいっているかどうか」は実感としてわかる、といったところでしょうか。
この感覚には頷けるものがあります。
実際、私たちが支援するチームを観察してみると、日々共に働くメンバーどうしが、直観的・全体論的な視点からチームの問題に取り組むことで、短時間で深く本質的な理解に到達する例は、少なくありません。
それは、時として、データに基づく定量的な分析を凌駕する洞察をもたらしてくれます。
「深いけれど、狭い」チームの視点
しかし、このアプローチも万能ではありません。
「日々共に働くメンバーどうし」でなければ、この方法は十分な効果を発揮できないのです。
短時間で本質に迫り、直観的な理解を共有するためには、関与するメンバー間で、ものの見方の前提や文脈が共有されている必要があります。
多種多様な「前提や文脈」の共有を必要とするコミュニケーションスタイルは、「ハイコンテクスト」コミュニケーションと呼ばれるものです。
それは、本質的に「深いけれど、狭い」わかり合いの性質を持っています。深い相互理解を得られる反面、前提や文脈を理解していない「部外者」を疎外する排他性を孕んでいるのです。
マネージャーの視点は「深くはないが、広い」
対するマネージャーの視点は、「チームがうまくいっている状態」を言語化し、要素に分解した上で、可能なかぎり定量化することで共通認識を得ようとします。
こうした「還元主義的」とも言えるアプローチは、典型的な「ローコンテクスト」コミュニケーション。すなわち文脈を共有していない人どうしが、効率的・効果的に合意形成を行うために客観性や論理性を重視するスタイルです。
(還元主義は「全体とはつまり部分の総和であり、部分への還元によって全体を理解することができる」という考え方です。)
マネージャー視点のアプローチによって得られる共通理解は、チームメンバーどうしの「共感を伴う深いわかりあい」と比較すれば表層的であるのかもしれません。しかし「一般的であること」は普遍性に通じ、それゆえに、幅広く多くの人々が共有しやすい理解でもあります。
「深くはないが、広い」わかり合いと言うことができるでしょう。
マネージャー「あるある」への処方箋
このように見てくると、チームとマネージャーの視点には、それぞれ良い点、悪い点があることがわかります。
どちらが優れている・劣っているというものではなく、それぞれの視点の違いを知り、場合によって使い分ければ良いのです。
チームの側から見るならば、チーム内のコミュケーションには直観を重視する全体論的アプローチを、チーム外のステークホルダーとのコミュニケーションには論理性と客観性を持ったアプローチを、という使い分けが有効です。
例えば、本エントリーのテーマでもある「全員参加の活動は、本当に効果があるのか?」という問いかけに対して、実際の支援現場で私が提案するのは、次のような3つのステップによる効果検証です。
- 全員参加の活動と個人作業、それぞれにかけた時間を計測し、両者の比率を算出する
- チームが市場にリリースしたストーリーポイントも合わせて計測する
- 1と2の関係を継続的にトラッキングし「成果を出す上で最適な全員参加活動の比率」を判断する
この「3つのステップによる効果検証」を、チームの立場でマネージャーに提案するとしたら、下図のような説明のしかたが効果的です。
「問題構造の提示」によって、主観に基づく一方的な主張ではなく、問題を論理的に分析した上で解決に至ろうとする基本的な姿勢を示します。
続いて、「定量化手法の提案」と「継続的な仮説検証の提案」によって、マネージャーが重視する客観性や終始一貫した論理性の担保を表明しています。
「マネージャーの視点」と「チームの視点」の接点を見出す、こうしたアプローチにより、双方の相互理解が進み、組織内での合意が形成しやすくなるのです。
処方箋の先にあるもの
今回ご紹介した「処方箋」は、チームがマネージャーの視点を理解し、そちらに合わせるというものでした。
一方で、マネージャーの側がチームの視点を知り、共有できる範囲を増やしていくことも必要です。こうした双方の「歩み寄り」と「相互理解」を促進するには、日常的な対話はもちろん、テーマを絞ったワークショップなどのコミュニケーションも非常に有効です。
Graatでも、アジャイルチームの成果指標を設計するワークショップや、アジャイルプラクティスの背後にある「アジャイルマインド」に関するディスカッションとロールプレイを組み合わせたワークショップなど、様々な支援プログラムを提供しています。
興味を持っていただけた方は、お気軽にお問い合わせください!
さて「わかってないマネージャー・あるある」と対処法の最終回となる次回は、
「みんながワイワイ楽しそうにやってるのは大変結構だけど、仲良くなって成果につながるの?」
こんな「あるある」発言を取り上げ、チームの成果と協働作業の関係をさらに掘り下げて行きます。よろしければ、次回もチェックしてみてください。