資料公開:エンタープライズDXセミナー:アジャイル導入が止まる3つの壁 ―― 文化・他部門・組織プロセスをどう乗り越えるか
2026年1月14日(水)、Graat主催ウェビナー
「エンタープライズDXセミナー:アジャイル導入が止まる3つの壁
――文化・他部門・組織プロセスをどう乗り越えるか」
を開催しました。
https://event.graat.co.jp/webinar-agile-organizational-20260114
ご参加いただいた皆様には、ご多用の中お時間をいただき、誠にありがとうございました。
本イベントはJapan Agile Collaboration Kernel(JACK)の協力のもと実施され、
前半30分は Graat 鈴木雄介による講演、
後半は株式会社レッドジャーニーの森實氏を招いた対話セッションという構成で進められました。
本記事では、当日の講演スライド資料を公開するとともに、
「アジャイル導入がなぜ止まるのか」
「組織とチームの関係をどう設計し直すのか」
といった観点から、講演・対話セッション・Q&Aの内容をダイジェストでご紹介します。
【第1部】アジャイル導入が止まる3つの壁(講演)
アジャイル導入の現状
近年、アジャイル導入は着実に広がっており、調査によっては導入企業が半数を超えているという結果も出ています。メリットについても、単なるコスト削減や短納期にとどまらず、仕様変更への柔軟性やリードタイム短縮、ビジネスとITの整合、品質向上といった点まで認識が広がってきました。
一方で、導入したものの成果につながらないケースも少なくありません。形式だけがアジャイル化したり、計画性を軽視しすぎたり、変更を受け入れすぎた結果、中長期的な方向性が曖昧になり、全体として前に進みにくくなる状況も見られます。
さらに、予算や評価制度、縦割り組織、失敗を許容しにくい風土、遅い意思決定といった要因から、アジャイルが「文化の問題」で止まっているように見える場面も多くあります。しかし鈴木は、こうした課題は文化そのものではなく、組織構造に起因する結果ではないか、という問題提起を行いました。
「文化の問題」に見える壁と、構造的無能化という視点
アジャイル導入が進まない理由として語られがちな「文化の問題」は、実は組織の構造が生み出している副作用ではないか――その説明として紹介されたのが、宇田川元一氏の著書『企業変革のジレンマ』で語られる「構造的無能化」という概念です。
効率化や合理化を進める中で組織は分業化・専門化し、部門ごとのKPIに最適化されていきます。その結果、全体最適や環境変化への対応が難しくなり、大きな変革に踏み出せなくなる。アジャイルを阻んでいるのは文化ではなく、こうした構造的な硬直こそが真因ではない、という視点が示されました。
論理的思考の違いから見る、アジャイルの難しさ
もう一つの観点として示されたのが、国や社会による「論理的思考の違い」です。渡邉雅子氏の著書『論理的思考とは何か』では、論理的思考は普遍的なものではなく、文化や社会によって前提が異なることが指摘されています。
アメリカ的な論理は効率や目的達成を重視し、現場に強い権限を委ねる考え方と相性が良い一方、日本では共感や関係性、全体の合意形成が重視されてきました。そのため、現場への権限集中を前提とするアジャイルの考え方は、日本の組織では「理解できても実践しづらい」状況に陥りやすい。文化的ギャップは簡単に解消できるものではない、という認識が共有されました。
Graatの考え方
「縦」と「横」をどうつなぐか
Graatでは、DXが進まない原因を個人や現場の努力不足ではなく、日本企業に固有の組織構造にあると捉えています。 DXリーダーやプロダクトオーナーは、顧客価値を考えながらチームと意思決定を進めますが、日本企業では同時に、稟議や説明責任、部門間調整といった組織内の合意形成も求められます。
Graatでは、チーム主導で価値を生み出す活動を「横」、組織内で合意形成を進める活動を「縦」と呼び、この二つのリズムのずれこそが、アジャイルを難しくしている要因だと整理しています。 どちらかに偏るのではなく、縦と横をつなげて回すための考え方として、「組織的意思決定プロセス設計」が提示されました。
サイクルとリードタイム――組織とチームのリズムをそろえる
組織的意思決定プロセス設計の入口として示されたのが、「リリースサイクル」と「リードタイム」という二つの概念です。 リリースサイクルは、どの頻度で価値を提供したいかという組織の意思であり、チームではなく組織が決めるものとされます。
一方、リードタイムは企画からリリースまでに必要な期間で、要件定義や開発、受け入れを含むため、サイクルより長くなります。 この二つを切り分けて設計することで、「いつ・誰と・何を合意すべきか」が明確になり、日本的な合意形成とアジャイルの実践を両立しやすくなる、という考え方が示されました。
実践のためのノウハウ
実践編では、「電車で考える」というメタファーが紹介されました。一定のリズムで周回する電車を開発チーム、乗車する人を案件と捉えることで、「今やること」と「これからやりたいこと」を切り分け、変更に振り回されない進め方を説明しています。誰を乗せるか、つまり着手する案件を決める役割はプロダクトオーナーにあり、順番そのものよりも判断の責任が重要だとされました。
あわせて、投資対効果を段階的に確認する考え方も強調されました。最初から大きな成果を前提にせず、小さな価値を積み上げながら追加投資の妥当性を問い続ける。新機能・改善・保守のバランスを調整しつつ、開発のリズムと意思決定のタイミングを守ることが、アジャイルを現実的に機能させる鍵になる、という整理です。
第1部 まとめ
講演の締めくくりとして、アジャイル導入が進まない理由を単純に「文化の問題」として捉えるだけでは、状況は変わりにくいという考えが示されました。文化変革は評価や投資が難しく、短期的に成果を出しにくいためです。
Graatでは、問題の本質をチームと組織の関係性や、意思決定のリズムの設計にあると捉えています。組織が求める価値提供のリズムを前提に、どのような意思決定が、いつ・誰によって行われる必要があるのかを逆算して示すことで、組織とチームの歩調をそろえていく。そうした現実的なアプローチこそが、アジャイルを機能させる鍵であるとまとめられました。
【第2部】アジャイル導入の“ここが知りたい”に答える対話セッション(鈴木 × 森實)
アジャイルとの関わりと「権限移譲」という言葉の捉え方
後半パートでは、株式会社レッドジャーニーの森實繁樹氏を迎え、対話形式でセッションが進められました。 森實氏はSIerとして長年プロセス重視のものづくりに携わる一方、早くからアジャイルにも触れ、現在は業種や業態を問わず、組織的なアジャイル導入を支援する立場で活動しています。
導入の話題として取り上げられたのが、「チームに権限移譲する」という表現への違和感です。「移す」という漢字が持つニュアンスと、日本で一般的に使われる「権限委譲」との間にある感覚のずれから、権限と責任の扱い方、そして文化的な背景の違いが浮かび上がりました。
組織的意思決定プロセスと、複数サイクルを回す設計
このパートでは、講演で示された「組織的意思決定プロセスの設計」を起点に、複数のサイクルを並行して回す開発の進め方が語られました。 要件提起・開発・受け入れといった工程を段階的に区切り、ループさせることで、ものづくりの単位を小さく保ちながら前に進められる、という認識が共有されます。
あわせて、投資対効果と効果検証を設計に組み込む重要性も示されました。 リリース後の評価期間をリードタイムに含め、想定していた成果が実際に出ているかを継続的に確認することで、判断を次のサイクルへとつなげていきます。
こうした学びを要件定義にフィードバックしながら複数サイクルを回すことで、新機能開発と課題対応を両立し、無理な詰め込みを避けられる、という実践的な考え方が共有されました。
リズムを前提にした進め方と、意思決定に求められる考え方
このパートでは、一定のリズムを前提に進めるための判断や、意思決定の考え方が語られました。致命的な問題には対応する一方で、そうでなければ次のタイミングに回す判断がなければ、リズムを維持することは難しい、という認識が共有されます。
リズムを前提に多くの物事が並行して動く状況では、それを支える考え方が欠かせません。特に強調されたのが、「時間を最優先に守る」という姿勢です。やり切ることを重視しすぎると、結果としてコストを踏み抜いてしまうケースは少なくありません。終わらなそうなものは小さく切り、後回しにする判断も必要になります。
そのうえで、時間と投資対効果をセットで説明し、関係者が納得感を持って進めることが重要だとされました。リズムを守ること自体がさまざまなしがらみとの闘いであるものの、実践の中でトライしていくべき重要なポイントだ、という認識が示されました。
「DXリーダー」として振る舞おうとする人への視点と助言
対話では、「DXリーダー」は特定の役職や肩書きを指すものではなく、既存の役割の中でどう振る舞うかが問われている、という視点が共有されました。その一方で、DXリーダーとして動くべきだと感じながらも、どこから手を付ければよいか分からなくなる人が少なくない、という問題提起もなされます。
これに対して示されたのが、まず「自分の癖を知ること」から始める、という考え方です。企画や事業部門に長くいる人は、意思決定や調整といった組織の縦のラインを通すことを得意とし、開発部門出身者などは、部門をまたいで横断的に物事をつなぐことを得意とする傾向があります。
自分がどちらを得意としているのかを把握したうえで、足りない側をどう補うかを考えることが重要です。斜め上の立場の人との関係性づくりや、外部の専門家の活用といった工夫も有効ですが、調整に追われてチームとの対話を失ってしまっては本末転倒です。 DXリーダーとは、役割を増やす存在ではなく、組織の縦と横のバランスを取り続けることが求められている、という視点が示されました。
Q&A
ここからは、セッション中にいただいた質問への回答をダイジェストでお届けします。
―― アジャイル導入がうまくいかない理由は文化ではなく構造にある、というお話がありましたが、現場から見て判断できるサインはありますか?
「それはそういうものだから」と理由が語られなくなったとき、構造の問題を疑うべきです
この問いに対しては、「文化のせいだ」という説明が使われ始めた瞬間こそ、構造を見直すサインだという認識が示されました。特に、一定以上の立場の人が、仕組みの背景や意味を説明せず、「決まりだから」「昔からそうだから」と語る状態は注意が必要だと鈴木は述べています。
これに対し森實氏も、本来は意味や意図があった仕組みが問い直されなくなり、形だけが残っている状態を「構造的無能化」と表現しました。文化として片付けるのではなく、構造として捉え直すことで、現実的な対話や次の一手が見えやすくなる、という点で認識が共有されました。
―― 評価制度に明らかな問題がありそうだと気付いた場合、どのようにアプローチすべきでしょうか?
評価制度の問題は避けずに共有し、その前提の中で何ができるかを整理します
対話では、評価制度が成果を阻んでいるのであれば、その事実は正直に共有すべきだという考えが示されました。鈴木は、「言いにくいから触れない」のではなく、「ではどうするのか」を相手と一緒に考える姿勢が重要だと述べています。
森實氏も補足として、関わりの初期段階で必ず「何をすると評価されますか?」と確認していると紹介しました。評価制度は個人の努力では変えにくい組織の仕組みである以上、正面から戦うのではなく、評価軸を理解したうえで現実的な工夫を重ねていく。その姿勢が、実務に落とし込むための前提になる、という認識が共有されました。
―― 意思決定や社内調整でペースを乱されがちな場合、見直すべき組織側のプロセスはありますか?
まず、そのリズムが「組織として守るべきものか」を合意することが出発点です
この問いに対しては、チームが保っている一定のリズムが、組織としても求められているペースなのかを最初に確認すべきだ、という点が強調されました。その合意があって初めて、リズムを乱している要因に対して問題提起ができるようになります。
森實氏からは、間に立つチームが個別調整を引き受け続けることで、意思決定が遅れ、チームが疲弊しやすくなるという補足もありました。必要な当事者を一度に集め、同じ場で合意形成を行うこと。リズムを前提に、組織側のプロセスを設計し直す必要がある、という点で見解が重なりました。
―― JTCでは個人の相対評価が重視され、チームの頑張りが評価されにくい点がアジャイル推進の壁になっていると感じます。
チーム評価と個人評価は、時間軸を分けて捉える視点が鍵になります
このテーマについては、日本企業でチームの努力そのものが軽視されているわけではない、という前提がまず共有されました。課題は、その成果をどのように組織全体の成果や個人の評価と結びつけて説明できるかにある、と鈴木は指摘しています。既存業務を支える役割と新たな挑戦のどちらも重要であり、一方だけを特別視すべきではないという認識です。
森實氏は、個人の成果は比較的短期で評価せざるを得ない一方、チームの成長や成果はより長い時間軸で捉える必要があると補足しました。両者を分けて言語化し、説明していくことで、評価に対する納得感を高められるのではないか、という視点が示されました。
おわりに
セミナーのクロージングでは、Graatが取り組んでいるエンタープライズDX支援の考え方が、あらためて紹介されました。DXそのものは事業会社が担う一方で、Graatはその土台となる組織やITのあり方を、変化に強い形へと整えていくことを強みとしています。
講演と対話を通じて繰り返し示されたのは、アジャイルがうまくいかない理由を「文化だから仕方ない」で終わらせない、という姿勢でした。組織とチームの関係性や、意思決定のリズムをどう設計し直すか。そうした問いに向き合うこと自体が、DXを前に進めるための出発点になる──本セミナーは、その視点を参加者に投げかける場だったと言えるでしょう。
補足として――
本記事の内容を自社の状況に当てはめながら考える中で、
課題や論点を一度整理してみたいと感じた場合には、
問い合わせフォームを「対話を始めるためのきっかけ」としてご利用いただけます。
参考リンク:
エンタープライズDXセミナー:アジャイル導入が止まる3つの壁
―― 文化・他部門・組織プロセスをどう乗り越えるか ―― を開催します
https://www.graat.co.jp/blogs/cmj6qn0h1z2qk07zpzo1y982m
JACK(Japan Agile Collaboration Kernel)
https://japan-agile.org/

