アジャイルと生産性・5 - アジャイル導入効果を測定する成果指標の実運用・後編

4年近く前
浅木 麗子
執行役員
浅木 麗子

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前回エントリーでは、成果指標に対する具体的な目標値の定め方と、計測の仕方について説明しました。 今回は、評価期間(四半期単位を推奨)ごとに実施する評価と、次期に向けたアクションについて述べて行きます。

必ず上位の目標と合わせて評価する

四半期が終了したら、測定結果を評価し、次期の目標を定めます。 ここで重要なのは、必ず上位KRやビジネス目標の達成状況とセットで評価することです。
開発チームの指標は、あくまでもビジネスパフォーマンス向上のための中間指標です。従って、開発チームの活動の定量化を単独で評価しても大きな意味がないという点は常に頭に置いてください。
モデルケースでは、「年間新機能リリース数」「MAU」などが上位のKRであり、その先には「有料機能への送客を増やす」や「サービス売上額を増やす」といったビジネス目標があります。 そこで、チーム活動の指標である「価値につながる作業の比率」と併せて、これらの項目をトラッキングします。

四半期評価の観点

うまく行ったなら、次のアクションへ

「うまく行く」とはチームの成果指標と上位目標の両方が、同時に達成される状況が継続する、という意味です。 こうなれば、指標設計で構築した論理構造のモデルが妥当なものであったと考えることができます。
その場合には、チームは次の施策を検討する段階に進みます。具体的には、

  • より高い目標値を設定する

  • 取り組み項目を増やす

  • 別なビジネス目標に着目する

などです。

うまく行ったときのアクション

うまく行かなければ、論理モデルを見直す

現実には、取り組みの結果が思わしくないことも多いでしょう。 たとえば

  • 「価値につながる作業の比率」の目標を達成したのに「MAU」目標は未達に終わった

  • 最初の四半期はうまく行ったが、次の四半期は未達など、成果が安定しない

といったケースです。
こうした場合には、指標設計で作成した論理モデルを再点検します。
考えられる原因は、以下のいずれかです。

  1. そもそも論理構造が間違っている(開発チームの成果指標達成は、上位のKR達成に寄与しない)
  2. 上位のKR達成に対して、開発チームの成果指標よりも大きな作用を及ぼす要因がある
うまく行かないときのアクション

私の経験上、主要な原因は2のパターン(開発チームが取り組んだ指標よりも、重要な要因がある)であることがほとんどです。
そして、多くのケースでは、「もっと重要な要因」は、他部門や開発チーム外の機能と深く関係しています。

開発チームが「まずは、自分たちのハンドリングできる範囲で」と始めた取り組みは、ここで壁に直面することが多いのです。
しかし、落胆する必要はありません。
実は、アジャイル導入の成果を定量的に評価する取り組みにおいて、こうした「開発チームの挫折」は織込み済みのシナリオです。

開発チームの「挫折」から得られるもの

プロダクトやサービスの成果は、様々な機能の協働によって生み出されるものであり、ソフトウェア開発「だけ」で完結する成果指標を設計すること自体に無理があります。
これは考えてみれば当たり前のことであり、個人の感覚としては、誰もが理解していることでしょう。
しかし、組織の力学が「当たり前」の実践を難しくします
伝統ある企業ほど、「組織が、自分に割り当てられた役割をまっとうしようとする力(他には踏み込まない、他からの干渉も受けたくない、ある種の斥力)」が強固に働きます。
こうした組織において、複数部門が参画する定量評価に取り組むには、まずは特定部門での実践を通じて「縦割りアプローチの限界」を実証するやり方が、今のところ最速であると私は考えています。

私たちが支援する現場でも、バリューストリームに関わる全部門が参画する成果指標設定を、すんなり始められるケースはほとんどありません。
しかし、開発チームによる業務成果の定量化と測定の結果を「エビデンス」として交渉することによって、突破口が開きます。実体験とファクトに基づく社内プレゼンは説得力を増し、最初は非協力的だった関連部門が、成果指標設計ワークショップ(第2回参照)に参加してくれるようになります。

「正しい失敗」から次のサイクルを始める

速ければ半年、遅くとも1年程度の間には、開発チームは学習サイクルを一巡させ、他部門を巻き込む準備が整います。
開発チームのPDCAサイクルの一巡目においては、典型的な「A」は「他部門を巻き込んだ仕切り直し」なのです。

では、ここに至る開発チームの苦労は無駄なのか?というと、決してそんなことはありません。
すでに作成済みの開発チームのOKRツリーの隣に、ビジネス部門のOKRツリーを、両者の上位に事業全体のOKRを、と追加して行くことができます。こうした「増改築」を行えば、組織の形は縦割りのままでも、全体の目標を共有しやすいというOKRフレームワークの特長が有効に機能します。

何より、日本型の機能別組織において、部門横断的な定量化指標の実効性に関する共通認識を形成するためには、ここに至る学習プロセスを経て「正しく失敗する」ことが大きな意味を持つのです。

最後に

さて、ここまで5回に渡って「アジャイルと生産性」について述べてきました。
今や「DX」「アジャイル」は、日本の伝統的な企業においても、ITマターにとどまらない、重要な経営課題となりつつあります。
こうした流れを受けて、ビジネスの文脈で「アジャイル」を語る上では避けて通れない、定量的な効果測定の難しさに悩む組織も多いことでしょう。
一連のエントリーで紹介してきた考え方、方法論などが、そうした方々の助けになれば幸いです。

よろしければ、併せてお読みください。
アジャイルと生産性シリーズ
第1回「アジャイルと生産性」
第2回「アジャイル導入効果を測定する成果指標設計のコツ」
第3回「アジャイル導入効果を測定する成果指標のモデルケース」
第4回「アジャイル導入効果を測定する成果指標の実運用・前編」

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